2011.09.13 (Tue)

雲南省西双版納旅行記 その3

9月5日この日は勐海西北にある巴達郷賀松村は大黒山系にある1800年の茶王樹の見学です。大黒山の標高は1780~2000mとかなりの高山です。きっと美味しいお茶もあるはず。期待が膨らみます。巴達(バダ)とは布朗(ブーラン)語で「仙人しか到達できない場所」という意味があるらしいです。市街地のアスファルト道路を抜け山に入っていくと、少数民族の小さな部落をいくつか通り越し、更なる奥地を目指します。途中からアスファルトがなくなり、突如石畳の道となります。2年前に出来たと言う現代の茶馬古道でしょうか。昨日の布朗山のオフロードより少しはましです。それでもガタガタ揺れる石畳の道を延々と行くこと2時間余り、広大な茶園が広がる山並みをいくつも数え、ようやく茶畑の一番奥まった所。道が途絶える地点まで来ました。途中の広大な茶園は勐海茶廠の原材料基地ということで、立派な看板まで出ておりました。規模の大きさには関心しますが、整然とした茶畑を見ると、日本のそれとあまり変わりない印象で、昨日の野生茶の方が昔の姿をとどめている印象です。大量生産するには、やはり機械化は必須なんだと、こんなところでも感じました。
巴達茶園
美しく手入れされた茶園が、そこかしこに。

さて、車はこの茶園まで。そこから先は足だけでたどりつかねばなりません。それでも、始めは人の通れる道らしきものがあったのですが、しばらくすると獣道ほどになり、所々沢が流れ、ドロドロにぬかるんでいたり、はたまた倒木があり、それを迂回して通らねばならず、うっそうとしたジャングルの中を延々と歩き続けました。
いたるところに、古い栽培型の茶樹が散見されます。これらは全てCamellia sinensisです。
1時間ほど歩いたところで、小さな東屋が見えてきました。その近くに有刺鉄線で守られた大木があります。どうやらこれが噂の1800年茶王樹らしいです。
1800年樹
見上げるほどの巨木に、その葉の形がいまひとつ手にとって確かめられません。監視の眼もあり、不用意に触れることも出来ないため、同行いただいたこの村の村長さんに色々説明してもうらことになりました。樹齢も推定でなく、科学的に計測されたとのことで、この近くにもこのような大きな野生茶樹がいくつかあるらしいです。
ちなみに、この茶王樹はCamellia sinensisではなく、Camellia taliensis(大理茶)だと、同行の松下先生も指摘されていました。Camellia taliensisはあまり美味しくないので、徐々に見捨てられ、今ではCamellia sinensisばかり栽培されるようになったとか。Camellia taliensisを調べていくと、日本へはオーストラリアから紹介された形跡があります。以前、オーストラリア緑茶なるものを飲んだことがあるのですが、これがまたどう表現していいものか、言葉に迷うほど特徴がない(=美味しくない)ものでした。もしかすると、あれもCamellia taliensisだったのかも知れません。
茶樹の前で立ち話をしているとき、同行いただいた愛知学院大学の朱先生が、かゆいかゆと連発されていました。
後ほどホテルに帰ると、何と山蛭に咬まれていたことが判明。ホテルでシャワーを浴びるまでまったく気づかないほど、まるで忍者のような生き物とのこと。これだから、熱帯雨林は油断なりませんね。
山を降り、小村で昼食をとってから、急遽予定変更。中国側の特別な取り計らいもあり、近くの布朗(ブーラン)族の小村、章朗を訪ねる許可が下りました。この地方の茶栽培は様々な民族の人たちが携わっているのですが、とりわけ哈尼(ハニ)族の人たちが良いお茶を作り、豊かな収入を得ている印象です。布朗族はやや劣勢に立たされ、現地の人の印象によると、貧しい人たちらしいのです。民族問題がとてもデリケートな中国において、むやみやたらに少数民族に刺激を与えることはタブーとされ、布朗族訪問もなかなかOKがもらえずにいたのです。
条件として、絶対カメラを持ち込まない。写真を撮らないという事でした。
西定村から7kmほど山を入った所に布朗族の小村がありました。全体的に黒っぽい建物で、旅行者にとってはむしろ伝統的な暮らしがそのままの寂れた暮らしが伺えるのですが、確かに経済的には劣勢なのかも知れない印象です。村長のサンパーさんを尋ねる許可をいただき、立派な高床式の家に案内されました。突如押しかけた20数名の日本人にたじろぐこともなく、まあお茶でも一杯と中国的ホーローカップに無造作に茶葉を投げ入れお湯を注いで、珍客をもてなしていただきました。お茶はもちろん、彼が作った普洱の生散茶。日向の香りがする、ほっこり美味しい一杯でした。部屋には毛沢東やら共産党を称えるプロパガンダポスター。極彩色の絵などあちこちに張られ、紛れもなく中国という空間です。村長には、ビンロウや竹筒茶などについて色々興味深い話を伺うことができました。丁度話を聞いていたとき、外は突然のスコールで雷鳴がなり響いていましたが、我々が外に出る頃には小康状態となっていました。つくづく今回は天気に恵まれた旅です。はたして、この強運はどこまで続くのやら、、

<つづく>
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