2011.09.19 (Mon)

雲南省西双版納旅行記 その4

9月6日勐海での活動もいよいよ最終日。この日は南糯山に樹齢800年を数える栽培型の老茶樹を見学に行きます。南糯山は勐海と景洪の間くらいにあり、茶の栽培も盛んな場所で、道沿いには大きな看板も出ているので観光客などの見学も多いと察せられます。案の定、山の入り口あたりは、さしずめ道の駅のように、地方の農産物やら土産間のなどを売る小さな屋台などあり、そこを通り過ぎ、山を登ると、所々お茶御殿(茶で儲け建てたであろう豪邸)が散見できます。更に車は奥地を目指し、一番奥まった所に、古茶研究基地なる組織の事務所へたどり着きます。その奥にも民家が散在します。このあたりは(またしても)哈尼族の部落で、良いお茶が作られています。
釜
お茶を炒る釜です。この時は使ってないので、食器が置いてありました。
釜裏
釜の炊き口。燃料は薪と炭です。
火場
こちらは煮炊きをする炉。

車を停め、いよいよ徒歩での山歩き。昨日の険しい山道に比べれば、田のあぜ道ほどの歩き良さ。それでもお目当ての老樹までは約1時間ほどかかりました。
南濡茶
この茶樹にも足場となる竹が立てかけてあります。

数十年、中には100年を越えるような老茶樹があちこちに散在する茶園を延々と歩いて行くと、一段と傾斜がきつくなるところがあります。道幅も細くなり、横からはみ出した枝に行く手を遮られつつ、それでも奥地へ行くと、突如、茶園の中ほどに現れます。
800年樹
樹齢800年といわれる栽培型の老樹。無論、Camellia sinensisです。
ここでもやはり有刺鉄線で厳重に保護されています。
その傍らに東屋があり、哈尼族の婦人が番をしつつ、突如やって来た珍客に茶を振舞ってくれるということでした。聞けば、昨日も日本人が数人来たとか。やはりここは観光地化しつつある場所なんだと実感しました。
老女南濡

余り時間もないので、老茶樹の計量を行い、女性に礼を言いお暇することに。
先ほどの古茶研究基地まで戻ると、朝、茶を天日干す仕事をしていたお爺さんがまだ外で何かやっていたので挨拶しました。なかなか聞き取れない訛りの強い中国語で何とか会話成立。このお爺さんは自分の部族は愛尼(アニ)族だと言っていました。今回出会った少数民族の方々に現地の言葉で「茶」を何と呼ぶかとインタビューしていたので、ここでも同じ質問をしてみると、答えはやはり同じ「ラー」でした。さらに面白い言葉を発見。それは「葉っぱ」をアニ族の言葉では「アッパ」と言うらしいです。とても日本語と近いなと一同驚きでした。
南糯山では山蛭の被害もなく、無事活動を終了し、この日の執着地、景洪へと移動しました。
きのこ
自由時間に市場に行きました。不思議な野菜、動物、魚、ありとあらゆるものが売られています。こちらはきのこ。左奥のビニール袋にあるのが、干巴菌と呼ばれる高級きのこです。日本の松茸に匹敵するものらしい。香りが良いとのことで、昆明の晩餐会でも頂きました。
竹筒茶
ここでも見つけました竹筒茶。内部にぎっしり茶葉が詰め込んであります。

ホテルにチェックインし、夜は西双版納自治州政府による、歓迎会。タイ族の民族舞踊を見ながら美味しいローカルフードに舌鼓を打ちました。
明けて9月7日。景洪から昆明へ移動し旅の最終日。買い物やら市内見学やらをこなし、夜は雲南省政府による歓迎会。市内の五星酒店の特別室をご用意いただき、接待に預かりました。贅を尽くしたおもてなしぶりに、中国の経済発展の現状を見る思いでした。
晩餐会
ここは中国?
がんば
干巴菌を使った炒飯。とても良い香りがします。黄色い入れ物はパンプキン。

ここでも、日本の茶文化表演として、抹茶のお手前など楽しい交流もできました。
色々と収穫も多かった今回の雲南旅行。お茶の原生地に足を踏み入れれば、茶の産声が聞こえてくる。そんな気持ちを新たに、持ち帰った沢山の茶葉をまたじっくり味わって見たいと思います。ご同行頂いた皆様、また中国で色々お世話になった多くの方々に、今一度心よりお礼申し上げます。
またいつか、こんな楽しい旅ができればと思っております。
<おしまい>
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2011.09.13 (Tue)

はみだし情報 9月21日 愛知芸術劇場 「2台のオンド・マルトノ」コンサート

今回はオンド・マルトノのコンサートに出演です。プログラムはオール現代音楽。譜面を読むだけで何日もかかる作品に挑戦します。そもそもレアな楽器の、さらに滅多に聞けない曲ばかり集めた内容です。ご都合よろしければ、どうぞお越しくださいませ。

「2台のオンド・マルトノによるレクチャーコンサート」

9月21日19:00開演 18:30受付開始
愛知芸術文化センター B1 大リハーサル室
入場料 500円
定員 150人(当日先着順)
お問い合わせ 052-971-5511

ジャック・ボンドンの「カレイドスコープ」やトリスタン・ミュライユの「マッハ2.5」その他を演奏いたします。
17:07  |  その他  |  TB(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.13 (Tue)

雲南省西双版納旅行記 その3

9月5日この日は勐海西北にある巴達郷賀松村は大黒山系にある1800年の茶王樹の見学です。大黒山の標高は1780~2000mとかなりの高山です。きっと美味しいお茶もあるはず。期待が膨らみます。巴達(バダ)とは布朗(ブーラン)語で「仙人しか到達できない場所」という意味があるらしいです。市街地のアスファルト道路を抜け山に入っていくと、少数民族の小さな部落をいくつか通り越し、更なる奥地を目指します。途中からアスファルトがなくなり、突如石畳の道となります。2年前に出来たと言う現代の茶馬古道でしょうか。昨日の布朗山のオフロードより少しはましです。それでもガタガタ揺れる石畳の道を延々と行くこと2時間余り、広大な茶園が広がる山並みをいくつも数え、ようやく茶畑の一番奥まった所。道が途絶える地点まで来ました。途中の広大な茶園は勐海茶廠の原材料基地ということで、立派な看板まで出ておりました。規模の大きさには関心しますが、整然とした茶畑を見ると、日本のそれとあまり変わりない印象で、昨日の野生茶の方が昔の姿をとどめている印象です。大量生産するには、やはり機械化は必須なんだと、こんなところでも感じました。
巴達茶園
美しく手入れされた茶園が、そこかしこに。

さて、車はこの茶園まで。そこから先は足だけでたどりつかねばなりません。それでも、始めは人の通れる道らしきものがあったのですが、しばらくすると獣道ほどになり、所々沢が流れ、ドロドロにぬかるんでいたり、はたまた倒木があり、それを迂回して通らねばならず、うっそうとしたジャングルの中を延々と歩き続けました。
いたるところに、古い栽培型の茶樹が散見されます。これらは全てCamellia sinensisです。
1時間ほど歩いたところで、小さな東屋が見えてきました。その近くに有刺鉄線で守られた大木があります。どうやらこれが噂の1800年茶王樹らしいです。
1800年樹
見上げるほどの巨木に、その葉の形がいまひとつ手にとって確かめられません。監視の眼もあり、不用意に触れることも出来ないため、同行いただいたこの村の村長さんに色々説明してもうらことになりました。樹齢も推定でなく、科学的に計測されたとのことで、この近くにもこのような大きな野生茶樹がいくつかあるらしいです。
ちなみに、この茶王樹はCamellia sinensisではなく、Camellia taliensis(大理茶)だと、同行の松下先生も指摘されていました。Camellia taliensisはあまり美味しくないので、徐々に見捨てられ、今ではCamellia sinensisばかり栽培されるようになったとか。Camellia taliensisを調べていくと、日本へはオーストラリアから紹介された形跡があります。以前、オーストラリア緑茶なるものを飲んだことがあるのですが、これがまたどう表現していいものか、言葉に迷うほど特徴がない(=美味しくない)ものでした。もしかすると、あれもCamellia taliensisだったのかも知れません。
茶樹の前で立ち話をしているとき、同行いただいた愛知学院大学の朱先生が、かゆいかゆと連発されていました。
後ほどホテルに帰ると、何と山蛭に咬まれていたことが判明。ホテルでシャワーを浴びるまでまったく気づかないほど、まるで忍者のような生き物とのこと。これだから、熱帯雨林は油断なりませんね。
山を降り、小村で昼食をとってから、急遽予定変更。中国側の特別な取り計らいもあり、近くの布朗(ブーラン)族の小村、章朗を訪ねる許可が下りました。この地方の茶栽培は様々な民族の人たちが携わっているのですが、とりわけ哈尼(ハニ)族の人たちが良いお茶を作り、豊かな収入を得ている印象です。布朗族はやや劣勢に立たされ、現地の人の印象によると、貧しい人たちらしいのです。民族問題がとてもデリケートな中国において、むやみやたらに少数民族に刺激を与えることはタブーとされ、布朗族訪問もなかなかOKがもらえずにいたのです。
条件として、絶対カメラを持ち込まない。写真を撮らないという事でした。
西定村から7kmほど山を入った所に布朗族の小村がありました。全体的に黒っぽい建物で、旅行者にとってはむしろ伝統的な暮らしがそのままの寂れた暮らしが伺えるのですが、確かに経済的には劣勢なのかも知れない印象です。村長のサンパーさんを尋ねる許可をいただき、立派な高床式の家に案内されました。突如押しかけた20数名の日本人にたじろぐこともなく、まあお茶でも一杯と中国的ホーローカップに無造作に茶葉を投げ入れお湯を注いで、珍客をもてなしていただきました。お茶はもちろん、彼が作った普洱の生散茶。日向の香りがする、ほっこり美味しい一杯でした。部屋には毛沢東やら共産党を称えるプロパガンダポスター。極彩色の絵などあちこちに張られ、紛れもなく中国という空間です。村長には、ビンロウや竹筒茶などについて色々興味深い話を伺うことができました。丁度話を聞いていたとき、外は突然のスコールで雷鳴がなり響いていましたが、我々が外に出る頃には小康状態となっていました。つくづく今回は天気に恵まれた旅です。はたして、この強運はどこまで続くのやら、、

<つづく>
16:57  |  その他  |  TB(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.10 (Sat)

雲南省西双版納旅行記 その2

9月4日いよいよ待望の茶山に入る日です。この日はミャンマーとの国境に布朗(ブーラン)山へ行く予定です。布朗山と言えば布朗族と思ってしまいがちですが、現在はかなりの数の哈尼(ハニ)族が住んでいます。勐海から布朗山へ行くには、勐混という町を通過します。ちょうど日曜ということもあり、この日は付近の少数民族が集まって日曜市が開かれていたのですが、我々が通過した頃にはお開きという感じでした。
アスファルトの道はこの勐混で終わり、ここから先は赤土と岩だけのオフロードです。田のあぜ道を通るのですが、すでに凸凹のお祭り情態です。車以上に、体がもたないのでは、、と思うような悪路の連続。いよいよ山へ入っていくと、凸凹に加え、ぬかるみに傾斜という要素も加わってきます。途中、泥沼のような窪地とそれに続く上り坂に対応できない車も出てくる始末。仕方がないので、付近の村人に援助の車を出して迎えに来てもらい、ようやく目的地へと到着です。
はじめに訪れたのは、海抜1500-1800mの高地にある賀開村の古茶樹園。
賀開村
道の両脇は茶樹です。
牛
茶樹の下には牛が!! 自由に草を食み歩き回っています。

昨日、餅茶を作った原材料が採れた地です。茶園には様々な種類とサイズの茶樹が統一感もなくあちこちに植えられています。中には西保4号と呼ばれる巨大な茶樹もありました。少し奥へ入ると、紫の芽をつけた茶樹まであります。葉の形を比べても大葉種から、中型、小型、円っぽいものから細長いものまで、色も形も実に様々な種類があることが分かります。単一な品種でないのは、実生繁殖で植えられていると察せられます。鶏や豚が茶樹の下を元気よく走り回り、まさに有機生態茶園という様相です。
その後更に1時間ほど悪路を進むと、普洱茶の世界では名高い産地の一つ、老班章村へ到達しました。老班章村は哈尼(ハニ)族の小村です。まずは村長さんにご挨拶。早速、当地の料理をご馳走になりました。鶏肉、豚肉はきっと茶園を元気に走り回っていたものでしょう。歯ごたえもあり味も香りも日本とは違います。また、バナナの葉を敷き詰めたテーブルには、野生の芹が生のまま副えられており、最初は飾りかと思いましたが、何とサラダ代わりに食べるとの事。これも忘れらぬ山の幸でした。
老班章食事
美味しかった山の幸!!!ペットボトルは水ではありません。
手作りの白酒でした。60度くらいあり、私は完全にアウトです(汗)。

お昼のあとは、いよいよ山に入り茶園を見せてもらう時間です。村長の親族に案内され入った茶園には樹齢数百年と思しき茶樹や、その傍の空き地には、今年芽生えた小さな茶の木もあり、人間の家族の如く、老いも若きも渾然一体となって栽培されています。老樹の枝はくねくねと唸るように伸び、丁度人の背丈ほどのところが、鳥の巣でもかけられそうな平らな部分が出来ています。聞くとそこに人がよじ登り、足場として茶を摘むそうです。
実演して見せてもらうと、なるほど、平らな部分までは竹などの木材で梯子代わりの足場が掛けてあり、そこをすいすいよじ登り、茶の木の平らな部分に体を定めると、四方に張り出した枝の先端から次々芽を摘むことができます。
老班章
老班章梯子
太い茶樹の幹や枝には、地衣類や羊歯、蘭など様々な植物が着生し、その周りには不思議な形状の昆虫、それを捕食する動物と、自然のサイクルがまざまざと見て取れる、野生味豊かな環境です。さすが、お茶の聖地とまで呼ばれる理由の一つは、この自然環境にもあるのだなと思えます。
下山の道すがら、案内の女性が見事な草笛を披露してくれたことも旅の思い出となりました。
草笛
とても美しい音色に、疲れも忘れます。

テルミン
こちらは、特別篇。こんな山奥までテルミンを持参しました。
ミニライブの後、村長さんにも演奏してもらいました。(笑)

<つづく>
14:06  |  その他  |  TB(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.09 (Fri)

雲南省西双版納旅行記 その1

今回は豊茗会の皆様と共に、9月2日から8日まで、雲南省西双版納はお茶の原生地と少数民族の村を訪ねる旅に出てまいりました。旅の模様を少しばかりご紹介いたします。
9月2日は移動日。台風12号が日本直撃との予想の中、辛うじて空港は曇り、これなら欠航はなしと安心しての旅立ちです。このまま天候に恵まれるか?不安の中、一行は中国へと旅立ちました。
その日の内に西双版納の玄関、景洪市の西双版納空港へたどり着いたのは夜。一日で飛行機3回乗り継ぎようやく到着です。ホテルは景洪市内の金版納ホテル。中庭にプールまである立派な所です。
チェックインして町へ繰り出し、早速のおもてなし。メコン川の辺に立つ、タイ風情あふれるビアホールで乾杯です。カニの炒め物や、すごく甘いパイナップル入りもち米など、現地ならではの味に舌鼓。そよ吹く風も心地よい川辺でこの日はおしまいです。

9月3日朝ホテルを発ってまず向かったのが勐海県曼真にある雲南省農業科学院茶葉研究所。そこに隣接する「茶馬古道景区」と呼ばれる一種テーマパークのような施設です。入り口には大きく、茶馬古道はここより始まると書かれていますが、豊茗会松下会長曰く「ここからではない!」と一蹴。やはり、どこでも自分が第一という考えがあるようですね。
広大な施設は、トロッコ電車のような車で移動します。茶商や地主の家など多くの古民家などが移築され往時の茶産業やそれにまつわる様々なものが一同に展示されています。また茶園も広がり、雲南で栽培されている様々な品種の茶樹を間近で観察もでき、更には茶摘み体験や餅茶作りの体験までできるお茶好きにはたまらない施設です。
茶馬古道
園内では、茶葉摘みの様子も見せてもらいました。
竹湯のみ
Q.これは何でしょう?
A.昔の竹製湯のみ
 削り取られた所へ鼻が来るということで、器を傾けても当たらないという。
 頭を動かさず飲む、、、何とも大陸的(笑)

その後、今回の旅で最後までお世話になった申源(いくしんげん)茶廠の李社長の元へ。到着するや、玄関先ではタイ族の美しいお嬢さん達に歓迎され、普洱茶の茶芸も見せてもらいました。一服してから、いよいよ待望の工場見学です。日本でも最近流行っていますが、こちらも決して負けてはいません。まず、白衣に着替え、帽子もかぶっての入場です。熟茶を作る行程は企業秘密、というか茶業界でも秘密とされ、写真撮影はNGでした。
ふかふかに積み上げられた熟成中の熟茶の山からは醗酵に伴う熱が出ていて、室内はサウナのように蒸し暑く、白衣の下は汗だらけでした。
その後、いよいよ餅茶の製造体験。今回用意いただいたのは賀開村の茶葉。生茶の餅を作りました。計量された生茶の茶葉を円筒の金型に入れ、蒸し、木綿の袋に詰め込み、形成、絞りを行い、加圧をすると見事な餅茶に。一見簡単そうに見える作業も、実際体験してみるとその環境や動きなど、実に大変なんだと思えます。もうひとつ、宮廷普洱の熟茶も餅茶として作ってもらい、熟、生合わせて2枚の餅茶をゲット。早速、旅の思い出ができました。
<つづく>


16:58  |  その他  |  TB(0)  |  EDIT  |  Top↑
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